大海を泳ぐ

メンヘラを気取るオタクをしています

推しを降りるタイミングと引き際


推しを降りるタイミングって、みんなどうやって決めてるんだろう?引き際を1度逃してしまうと永遠に降りられない気さえしてくる。


同担拒否についての記事にも書いたけど、今の推しを好きになって3年だか4年だかになる。好きになったのが2012年だから、きちんと計算したら4年目に突入したところだ。これが他の人からして長いのか短いのか、もしくは平均くらいなのかはわからない。わたしの周りにはきっちり1年スパンで推しが変わる人や1年も満たずに推しが変わる人もたくさんいたけど、わたし自身は半分意地でここまで来た。

最初彼を好きになったとき古来より推しへの愛がヘビー級チャンピオンのわたしは「未来永劫この人のファンでいる」ってそう思った。いやいや未来永劫って、って笑ってしまうんだけどこの頃のわたしはおばさんになっても何とかして彼を追っかけたいと割と本気で思っていた。それからちょっと大人になって認知厨というこれまた厄介なオタクになったわたしは認知をゴールとして認知されたら降りるかもと友だちに豪語していたのだけど、結果、認知されたからといって降りることはなかった。認知されたらされたで余計彼に「彼のファンのわたし」として認識された気がして「彼のファン」というグループから欠員を出してはいけないような気がした。前にジャニヲタの人が書いた記事で認知されたら降りにくくなるという話を見たけどそれに似たようなものだと思う。これもまた気になったら検索してみてください。あとそもそも彼はそこそこ人気、くらいの人だったからわたし1人が減っただけでも、と考えざるを得なかったというのも認知されて降りなかった理由の1つにある。実際はオタクの分母は少ないのに太客が多い(と思う)し、現場に行けば彼のオタクがそれなりにいた。だから本当はわたし1人いなくなっても彼にとっては痛手でも何でもなかっただろう。ブログのコメント数がいつもより少なくなるくらいで、寧ろ彼からすればお経のように長くて呪われるんじゃないかってくらいに重たい手紙も見なくて済むから良かったんじゃないだろうか。メンヘラがいなくなって良かったね!

彼を好きでいる間、いろんなことがあった。そりゃもう良いことも悪いこともたくさん。しかも良いことなんかよりも悪いことの方が色濃く残っているし良いことも悪いこともたくさんあったと言いつつ、比率的には悪いことの方がたくさんあった気もする。降りようと思ったことはそれこそ銀河に広がる星の数ほどあった。主に降りようと思った原因は対応が悪くて病んだときで、でも結局ちょっとすると回復してまた舞台の上でキラキラ輝いてる彼を見たいと思うようになる。それと、わたしは何かあると勢いでプレゼント買っちゃうっていう自分でもよくわからない負のスパイラルの中に生きていて、割と現場でムカついたり何かがあるとマチソワ間にプレゼントを買いに走ってはぶち込んだりしていたけど、その持病で送ったお洋服を着てくれたらモチベーションはいとも簡単に回復する。オタクってほんとにちょろいよね!でもきっとそうじゃなきゃやっていけない世界なんだと思う。

そんなことをしていたら何だかんだ4年目に突入してしまった。1番新しい彼との記憶はあまり良いものではなくてどっちかっていうとなかったことにしたくてあまり思い出したくもない。でもそれももう1ヶ月も前のことだ。たぶんこれから先はその記憶が新しいものに変わっていくのも長くかかるようになるんだろう。降りると決めた年末には年明けの予定がまったく発表されてなくて周りのオタクが焦っていたのに年が明けたら一気に情報が解禁された。1つだけ気になった舞台があったので友だちに頼んで連番してもらうことにした。でもそれも5月だか6月だか、だいぶ先の話だからそれまでわたしは彼に会わない予定だ。少し前だったら5ヶ月も彼に会わないなんて有り得なかったし耐えられなかったけど今は本当に落ち着いていて、逆に6月の舞台に行くことの方が何となく不安に感じる。今まではそれがしたくても出来なかったのに何故かあっさりと出来るようになった。推しを降りるタイミングって、みんなどうやって決めてるんだろう?この間テレビで千原ジュニアが「結婚はタイミングって意味がわからんと思ってたけど、やっぱりタイミングなんですわ」と話していて、降りるのもタイミングなんじゃないかなと思った。1度逃してしまうとたぶん次につかまえるのは中々難しいと思う。いや、喧嘩別れだったら話は別だけどね。最近よく炎上してる俳優を見かけるけどどうして彼らは自分が自分を商品としている、オタクあっての人気商売だと気付かないんだろう。自分はアイドル俳優ではなくて演技派俳優だから彼女がいても自分の人気には影響がないとか思っているんだろうか?みんな大泉洋かよ。まあこの話は今の話とは関係ないから置いておくけどみんな1度身の振り方を考えた方が良いと思う。とりあえず幸いわたしは彼と喧嘩別れするわけではなくてわたし自身が離れたいと思って離れるだけなので、結局タイミングだったんじゃないかな。やっぱり好きがマックスに高まっているときに降りるのは無理だ。そう考えたらわたしの彼に対する“好き”もだいぶ変わったんだろう。これもまた大人になるってことなのかもしれない。彼も年取るしわたしも大人になるわけだ。おばさんになるまで追っかけるのは無理だったよ。でも彼は物心ついたときから俳優になりたくてその夢を叶えた人なので、きっと彼自身はおじさんになっても俳優を続けているだろう。それはそれで何かちょっと寂しくなるなあ。





でも結局のところ降りるのを決めるのは自分自身であり、取捨選択の自由は全て「お客様」であるこちら側に委ねられているということですね。